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トラベルナースのやりがい・楽しいこと・苦労・辛いこと体験談集

まず前提として、トラベルナースは即戦力を求められます。
そのため大学病院や総合病院などに年単位で働き、まずは一通りの看護経験を積むことをお勧めします。
現場では一から看護スキルを教えている時間・人材の確保は難しいからです。
しかし看護師として一人前となり、自分で判断できるようになると、今後のキャリアの選択肢が広がります。
その一つがトラベルナースです。
ここでは、トラベルナースのやりがい・楽しいこと・苦労・つらいことを順番にお話ししていきます。
プラス面・マイナス面も含めてトラベルナースのことを知っていただけたら嬉しいです。

トラベルナースのやりがい

島でのトラベルナースは、個別性を大切にしたい方にはおすすめ!

私は宮古島でトラベルナースとして半年間勤務しました。
その中で一番心に残っていることがあります。
それはお看取りの時の病院と地域の医療職(訪問看護師、ケアマネジャー、訪問医など)との連携です。
その患者様は誤嚥性肺炎を繰り返しており、経口から食事が摂れず、徐々に衰弱が進んでおりました。
元々ご本人様は、自宅で最期を迎えたいという思いがあり、家族様もその思いに応えたいとのことで、病棟担当医のIC(インフォームド・コンセント)の結果、自宅退院を決めました。
もしかすると、自宅で過ごせるのは数日間かもしれないと分かった上での退院でした。
退院日を迎えるために、レンタルベッド・要介護申請・訪問看護ステーションとの契約・移送の手続きなど、病棟師長も一丸となり、患者様・家族様の希望を叶えるために、何度もカンファレンスを開きながら、調整を繰り返しました。
そして退院当日の朝、私は日勤でその患者様の担当が割り振られていました。
しかし丁度勤務交代の時間で、患者様が急変し、自宅退院を待たずして帰らぬ人となりました。
しかしたとえそうだったとしても、家族様の「自宅に帰らせてあげたい。」という思いから、訪問看護師様はエンゼルケアを自宅でやることを快く了承してくださり、病院で亡くなってはしまいましたが、その患者様は自宅に戻り、家族様も一緒にエンゼルケアを行い最期のお別れをすることができたそうです。
このような、一人ひとりに寄り添った対応ができるのも、島ならではのエピソードだったのかなと思います。

トラベルナースの楽しいこと3選!

仕事終わりは全国から来ている医師・同僚との飲みやごはん♪

トラベルナースの楽しみの一つが、様々な県から来ている日本全国の看護師さんと知り合う機会があることです。
みなそれぞれ異なった地域から応援ナースに来ており、本当に十人十色の看護観や考え方を持った看護師さんたちがいます。
そのためお互いの話をすることはすごく刺激になったし、応援ナースの期間が満了する方がいるときには、前日にみなで飲み会をしたり星空を見に行ったり、夜のドライブをしたりと、お別れ会も行いました。
日本全国、星の数ほどの病院がある中で、同じタイミング・同じ病院・同じ病棟で一緒に同僚として働くことができて、その人と出会えたことは、本当に一期一会であり、貴重で価値のある体験だと今でも思っています。

休日はその土地の観光地を訪れられる♪

応援ナースの醍醐味の一つが、観光地と呼ばれているところに、「スーツケース一つで住みながら働くことができる」といったことです。宮古島は「東洋一のビーチ」とうたわれる与那覇前浜を始め、岬や灯台・鍾乳洞・夕日・星空など…観光地が目白押しです。
仲良くなった同僚と休日は観光地に出かけてリフレッシュや思い出を作りながら、仕事も更に頑張ることができます。

沖縄や離島でのトラベルナースは高齢者の方々とのふれあいが楽しい♪

沖縄県は宮古島を含め、長寿の県です。
そのため高齢化が進んではいますが、その分島のおじぃやおばぁとのふれあいが本当に楽しいです。
また宮古島の文化や特産品なども本州とはまったく違っており、「これってなに?」と聞くと、うれしそうにたくさん教えてくれます。
また沖縄県は島によっても方言が若干違っています。
時々聞き取れないこともありますが、それも含めてとてもかわいいおじいちゃんおばあちゃんに癒されながら、日々看護をしていました。

トラベルナースの苦労2選!

即戦力を求められる。分からないことは聞く!

トラベルナースは、通常の募集をしても十分な数の看護師が集まらない、もしくは退職者が多いなどの理由のために、病院側が引っ越し費用を負担してまでも自分の病院で働く看護師を集めるために行っている制度です。
そのため学習カリキュラムは「ない」といっても過言ではありません。
基本的な看護師としての知識やスキルを持っていることを前提として、募集をかけています。
そのため「看護師臨床経験○年以上」が募集条件に組み込んであったりもします。
当然、一から十まで教えてくれるプリセプターなどはいないと思っておいた方がよいでしょう。
かといって、全部ご自身で勝手にやってしまうことも違いますので、看護師としての知識やスキルを踏まえた上で「分からない病棟のルールや対応の仕方、医師への報告の仕方などは聞く」ことが前提となります。
看護師経験半年の方が応援ナースに来ていましたが、やはり基本的な看護師スキルも未熟でしたので、病棟になじめず、契約満了前に地元に帰ってしまいました。
そのため看護師として自信を持って働ける、一通りの基礎看護技術は持った上で、応援ナースにトライすることをぜひお勧めします♪

島では天候や台風などの自然災害にご注意を!

私が宮古島での応援ナースをしていて本当に驚いたことは、「台風のときの対応」です。
宮古島は台風の通り道ですので、当然勢力がまだ衰えていない台風が上陸します。
停電が起きたり、軽自動車も暴風で動くと聞き、車の中に2Lペットボトルをたくさん積んだりもしました。(重石の役割)
また台風が来るというニュースが流れると、スーパーの野菜から水を含む飲み物類、カセットガスボンベ、電池、トイレットペーパー…などなどあらゆるものがなくなります。
また台風が去った後も、海の時化が収まらないと船便が回復しませんので、台風後数日〜1週間程度の備蓄は必要でしょう。
私が働いていた病院では、暴風警報が出ると出勤してはいけないので、警報が出る前に病院に入っていなくてはならず、泊まる準備が必要なときもありました。
慣れない島暮らしに最初は驚きましたが、後半は慣れてきて、備蓄のタイミング等も計算して行っていました♪

トラベルナースの辛いこと

医療の限界と感染症発生のときの脆弱さ

みなさまは宮古島が世界最悪のコロナ感染島と言われていたのを覚えているでしょうか。
私はまさにそのときに宮古島で看護師として働いていました。
しかし宮古島には入院施設がある病院は3つしかありません。
そのため重症患者や難しい手術を受けるときには沖縄本島の病院に行くしかありません。
しかも移送がリスク要因と考えられる場合には移送せず、島でできる限りの治療を受けるという選択肢も出てきます。
物品・治療・人手・医療のレベルなど、制限された中での島の治療は、医療職・患者・家族様にとってもつらいときもあります。
またコロナパンデミックのときは、日々完全防護服を着用し、N95マスクで看護師同士のコミュニケーションも難しい中、働きました。
その頃は働き始めたばかりでしたので、業務にも慣れていない中、コロナ患者様の対応もしなければならなかったため、時間もかかるし、焦りも出てくるし、プレッシャーにも押しつぶされそうになりながら働いたことを覚えています。
感染の恐怖と闘いながら、自分自身の体調管理もしつつ、一日一日の仕事を終えることに必死でした。
しかしそのときには同じ立場の同僚と支え合いながら、友達に愚痴をこぼしながら、なんとか乗り切り、自分自身の成長につながったのを感じました!

体調が悪いときは一人で乗り切るしかない!

家族が近くにいないため、体調が悪いときには、自分で乗り切るしかありませんでした。
しかしそれは他の応援ナースの同僚も一緒です。
そのため体調が悪いときには、必要なものを買ってこようかと声を掛け合ったり、必要なものを届けてあげたり、同僚と支え合いながら乗り越えることができました。
「困ったときはお互い様」ですね♪

まとめ

応援ナースのプラスとマイナス面、いかがでしたでしょうか。
応援ナースとして勤務する場所によっても変わってくるとは思いますが、自分がその土地や環境に合わせていくことが求められます。
最初は大変に感じることもあるとは思いますが、慣れればこっちのものですね♪
その経験も自分の今後の糧になり、自分自身への成長につながりますので、大変な経験も含めて学んでいき、ご自身のキャリアアップにつなげて頂ければ幸いです。
このように様々な経験をすることは、自分自身への成長の一歩につながります。
新しい求人に応募し、新しい環境での経験も自分自身の糧になります。
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