はじめに
私は作業療法士として総合病院に6年間勤務し、脳血管疾患や整形疾患、難病を抱えた患者さんのリハビリを担当してきました。
多職種と連携し、チーム医療の一員として患者さんの回復をサポートする日々はとてもやりがいがありましたが、次第に、「その先」が気になり始めました。
退院後患者さんはどんな生活を送っているのか、リハビリで得た能力を、日常生活の中でどのように活かしているのか。そんな疑問が膨らんでいったのです。
慣れ親しんだ職場を離れる不安もありましたが、「作業療法士として実際の生活を見てみたい」という思いが強くなり、生活期のリハビリに挑戦することを決めました。
病院勤務時代の経験
総合病院での6年間は作業療法士として成長できた大切な時間でした。
最初は急性期病棟を担当し、1日に多くの患者さんと関わり、入退院の早いペースに追いつくため必死に対応する毎日。その中で短時間に適切なアセスメントをし、最大限の効果を出すスキルを身に付けていきました。
3年目に回復期病棟に異動してから仕事の視点が大きく変わりました。患者さんとゆっくり向き合える時間が増え、その人の人生観や大切にしていることに目を向けられるようになった反面、新しい悩みも出てきました。
それは「退院してからの生活ってどうしているのだろう」という問題でした。特に心に残っているのは、ある患者さんとの出会いです。
大腿骨頸部骨折で入院された60代の女性でした。私は安全第一で考えるあまり「2階の寝室は危ないので1階で寝ましょう」と一方的に提案してしまいました。
しかし退院後にその方が病院に来られた際、「寝室から見える富士山が私たち夫婦の宝物。毎朝その景色を眺めるのが日課なんです。
だからやっぱり2階で寝ているの」と話してくれました。この経験から実際の生活の場での支援の大切さを強く感じるようになり、その人らしい暮らしの中での支援にもっと深く携わりたいという思いが芽生え始めました。
転職を決意
転職したいという気持ちは強くなっていたものの、いざ行動を起こすのは思った以上に勇気が必要でした。
病院以外の分野についての知識はほとんどなかったため、まず始めたのがいろんな場所で働く作業療法士の仲間たちへの相談です。デイサービスや老健、訪問リハビリなど、それぞれの現場で働く同期や先輩たちに本音を聞かせてもらいました。
「実際の勤務時間はどのくらい?」「やりがいを感じるのはどんな時?」「困っている事はある?」具体的に、聞いていくうちに、自分のやりたいことが少しずつ見えてきました。
特に心に残ったのは訪問リハビリで働く先輩の「患者さんの人生にもっと深く関われる」という言葉でした。
これだと思い、本格的に転職活動を始めることにしました。転職サイトに登録したところ、担当のアドバイザーさんが親身になって相談に乗ってくれました。
私の経験や希望をじっくり聞いた上で、いくつかの訪問リハビリの事業所を紹介してもらいました。
見学に行った2つの事業所はどちらも素敵な職場でしたが、最後の決め手になったのは意外にもICT環境でした。
今の職場ではタブレットを使った記録システムがあって、訪問の合間に手軽に記録ができます。
病院勤務時代毎日のように残業していた私にとって、この働き方改革はとても魅力的でした。
面接では「病院では見れなかった患者さんの本当の生活を知りたい」という気持ちを伝え、同じ視点を持つ面接官とも話が弾み、今の上司と出会えたのも大きな決め手です。
未経験からの新たな挑戦
「作業療法で地域の利用者さんを元気に!!」と意気揚々と訪問リハビリの世界に飛び込んだものの、現実は予想以上に厳しいものでした。
転職してすぐベテランのケアマネジャーから「○○さん、ちょっと偉そうですね」と言われ、ハッとさせられました。
このケアマネジャーさんは続けてこんなアドバイスもくれました。
「地域ではリハビリの専門家が真ん中にいるわけではないんです。まずは周りをよく見てください。利用者さんの生活を支えているのは、実はもっとたくさんの人達なんですよ。」この言葉で、私の地域リハビリに対する考え方はガラッと変わることになりました。
それからはまるで新人のように素直な気持ちで、地域のいろんな専門職の人たちと話すようになりました。
ケアマネジャー、看護師、訪問介護員、福祉用具専門相談員、そして何より利用者さんとその家族。さらには近所の人たち。
1人の利用者さんを支える地域のつながりの大きさに正直びっくりしました。
例えばある利用者さんの場合、毎朝の習慣だった近所の人との立ち話が実は大切な運動の機会で、生活の張りにもなっていたことを知りました。
また、別の方では福祉用具専門相談員と協力することで、私1人では思いつかなかった生活の工夫ができました。
病院での経験は確かに大切でしたが、それは全体のほんの一部だったのです。
地域にはその人らしい暮らしを支える数え切れないものがあって、それらが複雑に結びついて1つの生活を作っています。
私の役割は、地域の輪の一員として、他の専門職や地域の人たちと力を合わせながら、利用者さんの生活を支えることなのだと分かりました。
今では病院で感じていた「もっと生活を見たい」という思いが「もっと生活を支える人たちとつながりたい」という気持ちに変わっています。
そして、そのつながりの中で作業療法士として新しいやりがいを日々見つけています。
現在の夢
転職して1年が経ち、今では少しずつですが手応えを感じられるようになってきました。
褥瘡を予防するため訪問看護師と連携しながら、福祉用具やポジショニングを工夫した結果、褥瘡リスクが高かった方々も安心して生活できるようになってきました。
また訪問介護員と連携することで、調理や洗濯などの家事が自立する方もたくさん出てきました。
タブレットを使用した記録のシステムにより、残業がほとんどなく定時で帰れるようになったのも大きな変化です。
仕事後に友人と食事に行ったり映画を見に行ったりする時間は気分転換となり、日常生活でストレスを感じることも少なくなってきました。
これからの目標は「病院から地域へ」というスムーズな流れを作ることです。
私自身、病院で働いていた経験があるからこそ、退院後の生活への不安や戸惑いがよく分かります。
その経験を活かして、病院のリハビリスタッフとの連携を深め、患者さんがスムーズに地域での生活を始められる仕組みを作っていきたいと考えています。
具体的には定期的に病院との勉強会を開いたり、退院前の話し合いに積極的に参加したりして、切れ目のないサポート体制を作ろうとしています。
また地域のリハビリスタッフのつながりを拡げて、お互いの経験や知識を共有できる場も作っていきたいと思っています。
私の夢は、病院と地域、そして様々な職種をつなぐ「懸け橋」になることです。そして一人でも多くの方が、慣れ親しんだ地域で自分らしい生活を送れるよう支援していきたいと考えています。
さいごに
6年間の病院勤務から訪問リハビリへの転職は本当に大きな決断でした。
不安と期待が入り交じる中での選択でしたが、今では新しい可能性がたくさんある世界が広がっています。
完璧な準備は必要なく、大切なのは自分の目指す支援の形や働き方をはっきりさせることです。
そして、それを共感してくれる仲間と一緒に歩むことが重要です。新しい環境では、うまくいかないことも多いと思います。
しかし、一歩踏み出さなければ何も変わりません。
新たな環境で自分の可能性を広げていく。
転職はそんなチャンスなのだと思います。
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